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覚書:DSMの改訂とアスペルガー症候群

研究テーマに関する話で、ほとんど個人的な覚書なんだけれど、日本語の関連サイトではまだ全然話題になっていないようなので一応何か書き留めておこうと思います。

概要
11月2日のニューヨークタイムズ。2012年に改訂されるDSMーVから「アスペルガー症候群」が消えるかも、という報道があり、アメリカ国内の関係各所でものすごく反響を呼んでいる様子。(「続きを読む」に記事を全文引用します。) どうやら、DSM-Vではアスペルガーと広汎性発達障害(PDD-NOS)をとりまとめて自閉症スペクトラム概念のもとに統括してしまおうということらしく、その理由としてアスペルガーと高機能自閉症の区別が診断を下す場面で困難であることなどがあげられている。また、アスペルガーをDSMからはずすことによって、感覚過敏や注意力に欠けるなどの併発的な症状を、診断名に惑わされることなくそれぞれ個別に見ていくことが可能になっていくとも。さらに、DSM改訂にかかわる関係者は、当事者がスペクトラムの中での自身の位置づけを語るための言葉としてのアスペルガーが消えるわけではなく、あくまでも十分なエビデンスに基づく診断名とは言えないというだけのことである、と主張している。もちろん、他方では反対意見も多くあり、アスペルガー症候群は既に福祉や教育の現場で広く使われているため、それがなくなってしまうと実務的な問題が発生するということや、大規模な当事者コミュニティが存在していてアイデンティティの拠り所にもなっているため、そういった当事者たちへの影響も考慮しなければならないことが指摘されている。最終的な草案は来年1月にアメリカ精神医学会のサイトにて発表し、広く一般から意見を募る。

雑感
アスペが診断名として微妙だっていうのは、日本だけじゃなくてアメリカでもそうだったのね...。個人的には、アスペからカナータイプまで全てを「自閉症スペクトラム」で括れるのなら、そのほうがずっとわかりやすいんじゃないかと思う。ただ、日本ではアメリカよりも自閉症スペクトラムとその他の発達障害(たとえばLDとか)との概念的な近似性が高いので、自閉症だけをスペクトラムにして済むのだろうか、という疑問はちょっとあるかも。つまり、自閉症だけが「スペクトラム」を謳ってものすごく包括的なカテゴリになってしまうと、LDやADHDっていう診断名が下りる基準にも影響を及ぼすだろうし、ひいては発達障害という概念自体を再考しなきゃいけなくなるんじゃないかとか。日本の場合にはアスペや高機能自閉症は、LDやADHDとともに「発達障害」という枠組みの中で捉えられることによって、知的な遅れを伴う自閉症とは一線を画する「新しい障害」のひとつだ、というふうに位置づけられてきていて、実際当事者や関係者のコミュニティも、知的な遅れの有無によってすみ分けがなされているという感じがあるので、それをいまさら「みんな自閉症スペクトラム」と言ってしまって大丈夫なのか、とも思う。自閉症スペクトラム、という言葉自体は日本国内でもよく知られているけれど、それが当事者のアイデンティティの礎になるような概念として育っていないところを見ると、診断名でそれが広く使われるようになっても、当事者たちは違和感アリアリだろうし...すでに福祉でも教育でもそれなりのプレゼンスがあった知的な遅れを伴う自閉症とは「違う」というところを拠り所にして育ってきたアスペ・高機能自閉症コミュニティは、いったいそれをどう受け入れるんだろう、と思う。

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昨日

昨日は例の学会でした。とりあえず終わって、ホントに肩の荷が下りた。夜の懇親会であんなにたくさんの先生に話しかけてもらったのも初めてでした。一番うれしかったのは、年配の偉い先生に、「指導教官は誰なの」と聞かれて、「○○先生です」といったところ、「あぁ!そうなの!○○先生に指導を受けるってどんな感じ?」とさらに聞かれ、「(笑)厳しいご指導をいただいてます」って答えたら、「まぁそうだろうなと思わせるような報告だったよね、今日のあなたの報告は。厳しい指導が功を奏して、あなたみたいな院生を輩出してるんだから、やっぱり○○先生はやり手だよね」って言われたこと。なんか、直接的に「いいプレゼンだったよ!」って言われるよりも、じーんと胸に沁みる嬉しさでした。(昨日の学会は年齢層がちょっと上の、先生世代の人が多かったので、特に私の指導教官は誰なのか、っていう質問を何度も受けたのでした。)

まだまだ一人前からは程遠いから、自分の仕事に対して自分自身で「これでいいんだ」と肯定する気持ちなんて、吹けば飛ぶほど弱いもので、他の人に何か厳しいことを言われると、その人は「ちょっとお尻に火をつけてやろう」というぐらいの気持ちで叱咤激励したつもりでも、真に受けすぎて、あれこれ悩んだ末に「私は向いてないのかも...」とまで考え始めてしまう。ここしばらくいろいろなことがあって、なんだか仕事に対する自信を失いかけていたんだけれど、昨晩は「あぁ、大丈夫かも」と思えた夜でした。ここにいて、もっと頑張ってみたらいいんじゃないの、って言ってくれる人はたくさんいるんだな、と。叱ってくれる先生や先輩をどんなに慕っていても、その人にはなれないから、どこかの段階で独り立ちして、自分のワークスタイルや、自分なりの仕事のクオリティっていうのを確立していかなきゃいけないんだなと、あらためて気づいた夜でした。

ところで私がそんなことを考えていた間、私をパネルに誘ってくれたゲイ友のB氏はワンナイトスタンドの相手と連絡をとろうと必死で、私の携帯(B氏は日本在住ではないので携帯を持っておらず、私の番号を相手に教えたのだけど)を手に何度も会場の外を行ったり来たり。他の研究者の人と話をしている最中に電話が鳴ると、飛び上がって「ちょっと失礼!」とかいって、その嬉々とした様子ときたら初々しい高校生男子のようだったんですが、懇親会がお開きになるころには相手に避けられているのがはっきりわかる事件があり、「37歳の男が何やってんだろ...」と自虐的にしょぼくれてたので(笑)西麻布から一緒にはるばる新宿二丁目まで流れて飲みなおしました。ココロの甘すぎるパフェで〆て終電帰り。去年の暮れのアメリカでの学会以来、約一年ぶりに会えてよかったよ、B氏。いいパネルに誘ってくれてありがとうと、駅でおわかれ。

そして明日からは、3日間ほど家族で温泉旅行にいってきます。妹の湯治に家族全員がつきあうような形なんですが、途中、両親の結婚記念日をはさんでいるので、サプライズを仕込みました。帰ってきたらまたいろいろ締切に追われるので、ゆっくり羽を伸ばしてこようと思います。

筆が進まない。。

日曜ぐらいから、どうも体調が悪い。鼻水がずーっと出ていて、頭がぼーっとして何もできない日が2日ほどあって、昨日になってそれが治ったと思ったら今度は咳がとまらず。咳は8月ぐらいからずっと出ているのでそれほど気にならないのだけど、一応葛根湯を飲んで、夜は加湿器をつけて寝ている。熱いもの(お茶とか)を飲んでいるときはおさまっているのだけど、なんとなく喉の奥がかゆい。たぶんピークは今日で、明日ぐらいにはもう少し落ち着いていると思う。とはいえ、完全に治るわけではなく。

こんな状態を、断続的にこの3か月ぐらい続けていて、そろそろ本当になんとかしたいなぁと思う。3か月も風邪が続くことなんてあるんだろうか。前に病院でいわれた心因性云々にしても、もうそろそろいいんじゃないか、治ってくれても、っていう感じ。

そんなことより、実は11月の1日に締め切りの学会原稿(例のやつ)がまだ書けていない。いま、一応1500ワードぐらいのものが手元にあるのだけど、これは本当にラフのラフで。

今まで、こういうものを書くときにはある程度構成を練ったあと、冒頭から流れ通りに、最終稿のつもりで書いていた。最後まで書ききったら、1−2度読み返して最小限の修正を加える、という書き方だった。つまり、最初から内容的にも文章的にも完成品を書こうとしていたのだけど。今回は半ページのアウトラインからはじまって、それを2ページ程度の要点だけをまとめたエッセイに書き起こし、それにさらに内容的な肉付けをして4ページぐらい、最後に文章の体裁を整えて6ページ程度の原稿に仕上げようとしている。なんていうか、パソコンが重い画像のファイルを読み込むとき、解像度の粗いかたまりが先に出てきて、それが上から下に何度かスキャンされるうちにちょっとずつ鮮明になってくるような、そんな書き方を目指してみた。

こうしたほうが軸を見失わないし、全体的なバランスにも目が行き届きやすくて、たぶん完成した状態の精度からするとこちらのほうが良いのだと思うんだけど、いかんせん遅筆なもので、いつまでも鮮明な画像が見えてこないのはフラストレーションがたまる。しかも、普段であれば書きあがりがハッキリしているので、「まだ終わってない、ここで投げだせない」というのがあるんだけれど、今回の場合には最後のほうになってくると自分自身の納得感の問題になってくるので、「もうこのぐらいで十分なんじゃないの、文字数的には足りてるし」という囁きが聞こえてきそうで怖い。

あーもー咳が辛いし寝ちゃおうか。

今日のBGM。

おひとりさま

真矢みきのおひとりさま体験の記事を読んでいてふと思い出したのだけど、数週間前に田町にある「天空」っていうラーメン屋にいったんです。近くで仕事があって、お昼にどうしてもつけ麺が食べたくなって一人でいったんだけど、人気店みたいですごい混んでて、カウンター席に30人ぐらい座っているほかに、壁3面にずらーっと40人ぐらいの人たちが並んでそのカウンター席の人たちが食べてるところを取り囲んでる、みたいな、ちょっと威圧感のあるところだったんだけど。その70人ぐらいの人たちの中で、女性が私ともう一人しかいなかったんです。その人は40歳ぐらいの、OLふうの女性で。他はみんなスーツ姿の男性で。でも、私とその女性がたまたま前後に並んでいたので、他の人たちから見ると女二人で入ったように見えたんだと思うのね。おひとりさまではなくて。

待ってる間、その女性は終始挙動不審で、途中で食券を回収されたときに私が「やっぱり並盛じゃなくて中盛にできますか」って聞いたら、なぜかその女性がこっちをまじまじ見てくる。笑 で、席に案内されたときもカウンターでちょうど横並びでした。私はおなかがすいてたので早いペースで食べてしまって(周りで待ってる人がいるっていう威圧感もあるのだけど)、「ごちそうさまです」って席を立とうとしたら、隣の女性があからさまにすがるような眼で私を見てきたのです。笑 そんな目で見られても困る、っていうぐらいの。もう食べ終わっちゃったので、そのまま私は店を出ちゃったのですが、やっぱりラーメン屋で女性おひとりさまっていうのは、状況によっては辛いなとちょっと思ったのです。

記事の中では、真矢みきがひとりでジョイポリに行けちゃったりするのを「おひとりさまレベルが高い」って言ってるんだけど、そのレベルってどういう要因によって変動するんでしょうね。慣れとか?その対象がどれぐらい好きかとか?シングルで一人行動している期間が長くなればなるほど、とか?あと、これは自分が男だったらできる、っていうのもあるのかも。なんとなく、自分のおひとりさまレベルってどうなんだろうと、いろいろ場面を考えてしまいました。
(◎…経験あり ○…経験ないけどたぶんできる △…微妙 ×…無理)

焼き肉… × 
映画… ◎
カフェ… ◎ 
カラオケ… △
ディズニー… ×
ラーメン… ◎
吉牛… ×
ファミレス… ◎
居酒屋・バー… ◎
お寿司… ○
フレンチでディナー… △
ボーリング… ×
スキー… ◎
クラブ… ○
温泉旅行… ○

うーん。うーん。皆さんどうなんでしょう。アンケートとかとってみたい。

ところで今日、誕生日を迎えて三十路突入...。こういう日だからこそ、こういうエントリ。笑 ひとりじゃないけどね、Sがいるけど。長野遠いから。そしてそんなSからお花が届きました。メッセージカードに「もう30代なんて信じられん(笑) 目指せ!桃井!」ってある。桃井かおりって、それこそおひとりさまレベル高そうだな。笑

生きることの副産物

暑すぎず、寒すぎず、空がやたらと青くて、街が静かな日というのは、一日とか二日あると「さぁ、今日は何しよう」と心がウキウキしたりするんだけど、それ以上続くと変な虚無感に襲われるのは私だけでしょうか。

11月初旬にある学会に、友人と一緒にパネルを組んで出したら plenary になってしまった。業績として光るような一流の学会ではないけれど、同じフィールドでやっている同業者には一応知れているようなところなので、なんだよそれと内心焦り。しかも私はその日、予備校の講義という野暮用があるから私のペーパーはリーダーをつけて読んでもらえばいいか、ぐらいに思ってたので。(実際、私の働いている予備校は講師の休みにすごく厳しいので、plenaryであろうとそうなる可能性は高いのだけど。)あぁ…。12月にある、アメリカ人類学会での報告と同じものを、予行練習的にやろうと思っていたのだけど、(というか11月初旬に報告しなきゃならないとなれば、人類学会のペーパーもぎりぎりじゃなく書けるんじゃないかという期待を込めて)、いざ直近の締切日を示されると気が重い…。

吉原幸子が、谷川俊太郎とのインタビューに答えて、こんなふうに言っている。

「前にこんな言いかたしたんですけど―つまり書く人たちは人生を何割かさしひかれている、たとえば書く時間机の前に座ってて、その間生きる時間が減らされてるんじゃないか、というふうに言った人がいたんですけれども、私はそうじゃない、八十生きてて二十書くというんじゃなく、百二十ぐらい生きてて、そうすると「あ、しまった!」と思って、百のところまで戻ってくる、その戻りのほうが詩になる部分じゃないかと思うんですね。だから作品はベクトルとして生と逆向きに、むしろ陰気なものになちゃうけれど、少なくとも生きてるという、まあ日々を過ごすということのほうを優先的に考えてるつもりなんです。よくいうんですよ、私は書くために生きたことも、生きるために書いたこともない。生きてることの副産物として書くんだ、って。」



吉原さんは詩人なので詩を書くことについて語っているのだけれど、最後の一文は本当にそうだなぁと、私の仕事もそういうふうにやりたいと、ここ数年思っている。

参与観察という人類学の研究手法は、理想的にはフィールドの中で日々を生きているというその生活自体が研究になることであって、今日10時から12時まで対象者にインタビューをしたとかいう細切れの時間のデータではなく、フィールドの空気を吸い、そこの人たちと同じ場所で同じ時間を生きることで得られる無形のデータこそが研究を豊かにするのだと思う。そしてフィールドワークのあとでエスノグラフィーを書くわけだけれど、そこのところの「フィールド―執筆」の連続性について、最近よく考えている。特に来年の4月からはフィールドから身を引き、本腰を入れて博論を書きます、なんて先生に言っている最近。研究の8割を成すフィールドワークを終結させようと急ブレーキを踏んでいて、残りの2割の時間、机に向かう準備を進めているわけだけど。本当は毎日を120まで生きたい。そしてその副産物として書きたい。それは、気持ちの持ちようなのだろうか。



追。
全然話は違うのだけど、吉原さんが全詩集に書かれた「自作の背景」の中で、これまでの恋人たちをA,B,X,Y,Z と呼んでいる理由(つまり、アルファベットの最初から名づけられてる人と、最後から名づけられてる人とに分かれている理由)がわかった気がした。そういうことだったのか、と新たな気持ちで詩を読み返して丸一日を過ごしてしまった昨日。

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