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NK Annex

恋愛相談

最近、友達に恋愛の相談をしなくなったなぁと思う。みんな結婚したり仕事が忙しかったりで、気軽に「ちょっと聞いてよ〜」と言えなくなった、っていうのもあるんだけど。それ以上に、相談をするにしても、相手からの確たる意見、というのが得られにくくなったんじゃないかと思う。お互いに「そこは大人の事情」みたいな了解が成立していて、「それは絶対おかしいよ!」とか「そんなやつ、別れなよ!」とか、安易に人の色恋沙汰に口をはさむのが憚られるような空気が、最近同世代の友達と話していてあるな、と感じたりする。恋愛のスタイルは、本当にいろいろな意味でそれぞれだしね、あなたがいいならいいんじゃない的な、ちょっと離れた場所から静観するようなスタンス、というのをみんながいつの間にかとるようになったなぁと。

別に、「それおかしいよ!」って介入して欲しいわけじゃないんだけどね。むしろ、そういうことされたらちょっと困るとは思うけれども。

ただ、こういうことの結果として、個人レベルでは恋愛的関係は閉塞感を増していき、もっと大きなレベルでは他の人が持っている恋愛の形に悪い意味で無関心な社会を作っていくんじゃないのか、とちょっと思ったりした。

...う〜ん、読み返してみると何を言いたいのかよくわからないな。

visual anthropology and art

新型インフルエンザらしきものにかかってしまいました。土曜日に熱が出て、すぐに病院に駆け込みました。インフルエンザ検査キットは反応しなかったものの、疑いが強いということと、病院が3連休に入ってしまうのでということで「新型インフルだと見込んで薬を処方します」と言われてタミフルなどをいただきました。そしたら2日も待たずに平熱に。こんなものなの??一応養生してますが。

以下、私の所属しているところが共催するイベントの告知です。
すごく楽しそうです。ぜひお誘いあわせの上。

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Films & Symposia: Art & Visual Anthropology
- Frontiers of Anthropological Expression: Towards a New Relationship between Observation and Expression Using Visual Images and Other Art Forms

映像を用いた学術研究への志向と、アートとしての映像制作志向――映像人類学はその出発の当初より両方の志向にまたがりながらも、前者を重視するかたちで映像作品を生み出してきました。

今回の企画では、映像人類学の原光景をふりかえりながら、フィールド映像記録と表現の問題を、学術映像とアートの間に横たわる諸問題とつきあわせて再検討します。さらに、今日めざましく発展・革新された映像手法を用いて新たな映像人類学的作品が生み出されている状況に照らして、この論点を新しいかたちで展開させたいと思います。

その目的のため、古典的作品、現代の作品のなかから注目すべき映像作品を上映いたします。下記の協力機関より助力をうけ、作品を選出・上映し、その後、世界的映像人類学者をお招きして討論をおこないます。

※情報は随時更新いたします。

日時

12月14日(月)15:30-19:30、12月15日(火)13:30-19:30

会場

慶應義塾大学三田キャンパス 東館 6F G-sec lab.[入場無料・事前申込み不要]
※ 開場時間は上映の30分前となります。
(港区三田2−15−45 JR田町駅・都営地下鉄三田駅から徒歩8分)

プログラム

12月14日(月)

15:30-:映像上映
“A Balinese Trance Séance” (by Timothy Ash, Pasty Asch, & Linca Connor)
“Dead Birds.” (by Robert Gardner)
Gregory Batesonのバリ映像の一部 ほか
18:00-19:30:コメント討論
     

12月15日(火)

13:30-:映像上映
“Kusum.” (by Jouko Analtonen, Antti Pakaslahthi)
“Were Ni! He is a Mad Man.” (by Frank Speed & Rymond William)
牛山純一映像記録作品 ほか
18:00-19:30:シンポジウム

ゲストスピーカー

* Sarah Pink(Loughborough University)
* Karl G. Heider(University of South Carolina)
* 新井 一寛(京都大学)
* 内田 順子(国立歴史民俗学博物館)
* 村尾 静二(総合研究大学院大学)
* 橋本 順一(慶應義塾大学)

モデレータ

宮坂 敬造(慶應義塾大学)

主催

慶應義塾大学アート・センター

共催

慶應義塾大学GCOE「論理と感性の先端的教育研究拠点形成」哲学・文化人類学班

協力

第13回京都大学国際シンポジウム「学術研究における映像実践の最前線」
Royal Anthropological Institute
川崎市市民ミュージアム


お問い合わせ

慶應義塾大学アート・センター
TEL 03-5427-1621 FAX 03-5427-1620
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
image-rec-sympo2009@adst.keio.ac.jp

SMAの基調講演等

今年の9月に開催された、アメリカの医療人類学会のプレナリー/基調講演のビデオがアップされてました。
http://www.yale.edu/macmillan/smaconference/video/index.html

行けなかったから嬉しい。Marcia Inhorn、Paul Farmer、Didier Fassin、Arthur Kleinman、etc,etc. 豪華すぎるメンツ...。

ちょっとビックリしたのが、Rayna Rappの障害学に関する講演で、「若手が育ってきてます」っていう文脈で「研究助成金のレビューをした友人から聞いた話では...」と院生の研究トピックをいくつか挙げている中に、「日本における学習障害の研究があり」って。それ、私だよね。

研究助成金というのは、私が研究計画書を提出して申請すると、それが私の名前を伏せた状態で同じ分野の複数名の研究者(大学の先生)に転送され、その人たちの評価で助成金が下りるかどうかが決まる。ダメだった場合には、その査読をしてくれた先生たちからのコメントが私に転送されることがあって、こういうところを直せば次回は通るかもよ、という参考にはなるんだけど、そのときにも先生の名前は伏せられているので、どこの大学のどの先生がそのコメントをくれたのかは私にはわからない。Rayna Rappが言っているのは、誰か、たぶん医療人類学の先生が私の研究計画書を査読者として読んで、「こういう研究してる院生がいたよ」って話を彼女にしたってことだと思うんだけど。Rayna Rappといえば、障害学×人類学では教科書として必読のエスノグラフィーを書いておられる有名な方で、そんな方に、まだ英文のパブリケーションひとつない私の研究テーマが伝わってるってことが、すごいというか、業界の狭さを実感するというか...。でも、「そんな院生の話を人づてに聞きました」じゃなくて、いつか、名前を挙げてもらえる研究者になれたらいいなぁ。

my blueberry nights

blueberry.jpg

大学のころにすごくウォン・カーウァイ監督作品にはまっていた時期があって、「恋する惑星」あたりを何度も繰り返し見ていたことがありました。キッチュな色遣いと、独特の世界観と、クリス・ドイルの揺れるカメラがすごく新鮮で。でも、そのあと「花様年華」「2046」と続いていく中で、だんだん、ちょっと違和感が出てきたというか。その違和感が、村上春樹の作品に対するものと似ていて、「ノルウェーの森」がやっぱり一番良くて、「海辺のカフカ」とか「ねじまき鳥」とか「1Q84」とかになってくると、どんどん難解になっていって、感情的な好き嫌いの評価を寄せつけないオーラをまとってきたような印象が(私は)あるのですが、ウォン・カーウァイの作品群もまさにそんな感じでした。

で、今日見たこの「マイ・ブルーベリー・ナイツ」はウォン・カーウァイの最新作なんだけど、「あれ?なんか原点回帰した?」みたいな。結論からいえば、ものすごく懐かしい匂いのする作品でした。「恋する惑星」のころの、あの空気感が健在でした。彼の作品には香港の街の雑多な色彩と、トニー・レオンみたいな特有の色気のある役者さんがいてこそ、だとずっと思っていたのだけど、アメリカを舞台にノラ・ジョーンズとかジュード・ロウを出して、それでいながらいろいろなところで彼の初期作品を彷彿させる。台詞回しとか、登場人物たちの間に流れる雰囲気とか、食べ物の存在感とか、けだるい音楽とか。あぁ、これこれ!と思う。そんな作品でした。

http://blueberry-movie.com/

小1プロブレムと北朝鮮のマスゲーム

朝、ラジオを聞いてたら、こんなニュース。
「小1プロブレム」、東京の公立小24%で

ソースの、東京都教育委員会のデータはこちら

自分が小学校1年生のクラスとかかわっているだけに、他人事じゃないような気分だった。私が支援してる子は、まさに指示通りに行動できない、私語がやめられないタイプの子供だし。

夜になって、某MLで絶賛されていたyoutubeの動画を見た。北朝鮮で、マスゲームへの出場に向けて練習に励む少女二人を追ったドキュメンタリー(制作:イギリス)。8本の動画にわけられていて、なぜか8本目がクライマックス部分で切れていて最後までは見られないのだけど、それでも一見の価値あり。北朝鮮に住む人たちの、本当に日常的な生活、家族の会話、学校での勉強や友達関係、その中での政治の位置づけ、みたいなものがすごく自然に描かれていて、もちろんこれがすべてではないけれども、少なくとも私たちが北朝鮮とそこに住む人々に対して向けているまなざしの中にある偏見、ってものについて、ちょっと考えさせられる。

そして個人的には、「小1プロブレム」のことが頭にあっただけに、マスゲームのような全体主義的な身体統制を通して国家と国民の関係を築いていくような社会では、授業中に座ってられない子供ってどうなるんだろう、とか思ってしまった。足並みをそろえて行進できない人、みんなと同じように社会の生産体制の中に入っていけない人は、やっぱり非国民なのかしら。

第一部の動画はこれ↓↓




あ、それから放置しまくりだったブログステッカーのサイトをさりげにリニューアルしてみました。

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